行事報告EVENT REPORT

令和7年10月9日(木)第5回みわSDGs学級で「加賀毛針アクセサリー作り」に挑戦しました!

2026.02.12

第5回みわSDGs学級は、金沢市安江町の目細八郎兵衛商店社長 目細勇治先生による「加賀毛針アクセサリー作り」です。

以下は、目細先生による目細八郎兵衛商店の歴史です。

目細八郎兵衛商店の歴史は古く、今から450年前の天正3年から針の製造販売を行ってきた。成形の難しい絹針の目穴/目度(めど)に独自の工夫を凝らし、丸い目穴を細長く開けたことにより今のめぼそ針を作りあげた。八郎兵衛の作る針は糸が通し易いと高く評価され、加賀藩主より「めぼそ」を針の名前として頂いたことから、目細を名字として歴史を歩むこととなった。

当時、日常生活に針は欠かせず、畳張り、とじ針、麻を縫う針などたくさん使われ、針専門の店となった。加賀藩のお城が出来た時にいろいろな針仕事があったので針を収め、武士の武具や、大名行列の参勤交代の調度品を作るだけの針も作った。(当時はまだミシンはなかった)

江戸時代、川釣りは武士だけに許された特権で、竹をつないで竹竿にし、竹竿をおろすしぐさで肩や腕も鍛えられ、武芸鍛錬につながった。それから加賀藩の武士が竹竿にエサを付けなくても釣れるように昆虫を模して毛針を付けた。縫い針を曲げたので、返しがないのが加賀毛針の特徴でもある。明治になり庶民が川釣りを楽しむようになると、毛針の需要も格段に増え、毛針職人も多く誕生した。普通、「毛鉤」を「けばり」と読むが、針からできたので「毛針」と書く。そしてミシンが登場し、縫い針から毛針を作るようになり、釣具屋として商いを行い全国に毛針を発信した。

と、大変興味深いお話を聞いたあと、さっそくとてもきれいな水鳥の毛の中から、お気に入りをチョイスします。

 

 

講師の目細勇治先生です。

細かい作業ですが、出来上がりを楽しみにして頑張ります。

 

文化祭出展作品の「加賀毛針アクセサリー」が完成しました!

 

目細先生ありがとうございました。参加された皆さま、お疲れ様でした。ぜひ、これを身に着けてお出かけしてみてはいかがですか~?